生きる意味がわからない?欲求不満を解決すれば人生は変わり始める!

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え?生きる意味がわからない?

なぜ生きるのか、生きる意味がわからないというのはツライ。僕も、中学生から大学生のとき「何のために生きているのかわからない」と感じた『人生の暗黒時代』があった。生きがいを持つことができず、ただ過ぎていく毎日には嫌気がさしていた。

でも、僕があのとき「生きる意味を見つけられなかった」のは、当然といえば当然といえる。僕の生きる意味は「実家」や「当時の学校」や「生まれ育った町の小さなコミュニティ」にはなく、また『そこにいる人たちのために生きているわけではなかった』のだから。

僕は自分の「欲」を満たせていなかった

中学生から大学生のとき、僕が「生きる意味がわからない」とあれほど強く感じていたのは、なぜだろう? 社会人になってからの僕は、仕事や恋愛で失敗したときでさえ、学生時代ほど心に「深い闇」を感じたことはない。それは、まだ「自由」があったからかもしれない。

いまになって考えると、中学生から大学生のときは『極度の欲求不満』だったことが分かる。もちろん、欲求不満というのは、ただ単に思春期のことだけではない(笑)

親のことや、家のこと、学校での友達関係、好きな人との関係、将来のこと、自分のこと…。こうなれば良いのにと思う「欲」と、ただ同じように過ぎていく毎日の「現実」にギャップがありすぎて、自分の生きたい人生を生きられていなかったのだ。

欲求不満では「生きる意味」を感じられない

あのときの僕が、親のこと、家のこと、学校での友達関係、好きな人との関係、将来のこと、自分のこと…色々なことに対して、もう少し「自分の思うように」に物事を進められていたとしたら、きっともっと、今の僕のように「生きる意味」を感じられていたはずだ。

だって、自分の「欲」を満たせない人生なんて、生きる意味がない。欲求不満な状態が続いて『それが当たり前の状態』になってしまうと、わざわざ生きる価値なんてないと考えてしまうのも無理はない。というか、ある意味では「いたって論理的」とも言える。

だったら、答えは簡単。とにかく「欲求不満」を解消してやれば良いのだ。僕は、もっと早くから自分の欲求不満の解消に取り組むべきだったと、とても後悔しているくらいだ。

僕はこうやって人生への欲求不満を解消した!

今になったから言えることだけど、僕が実際に「自分の人生への欲求不満を解消」するためにおこなった方法がこれだ。もしタイムマシンがあれば、当時の僕のところまでいきこの方法を教えてあげたい。そうすれば、もっと早くに『人生の暗黒時代』から抜け出せていたはずだ。

やりたくないことはやらない

学生時代、親や教師やクラスメイトの影響が強いせいで、気付けば「やりたくもないこと」をひたすら一生懸命にやっていた。最初は好きだったはずでも、続けているうちにいつの間にか好きじゃなくなっていたこともあった。僕の場合は、部活動がそれ。

よく「何かを始めるには、まず何かを捨てなければならない」と言われるけど、これは本当に正しい。例えば、部活動も受験勉強も、もしその時点で自分自身が「やりたい/続けたい」と思えないなら、周りに言われる(かもしれない)ことなど気にせずにやめてしまえばいい。

やりたくないことをやっていると「フラストレーション」が溜まるうえ、この後に書いている自己実現欲求を満たすための「あらゆる」ことができなくなってしまう。

行きたいところに行く

当時の僕の場合、住んでいた場所に「不満」があった。今になって思えば良いところだけど、親との関係も良くなかったうえ、もっと別の町に住んでみたいという憧れもあった。ここ! という「ある特定の行きたい場所」があったわけではないけど、多分そういうものなんだ。

オシャレな人の多い大学に行きたいとか、オシャレな人の多い場所に住みたいとか、そういう不純な動機でも構わない。とにかく人の多い都会に行けば良いかな? 逆に田舎に行った方が穴場かな? それとも海外に行ってみるのがベストかな? と思いを膨らませれば良い。

僕は、行きたいところに行って、そのことを後悔したことは今のところ1度もない。それに、今はインターネットがあるから行く前から色んな調査をすることができる。僕の経験からして「自分が行きたいところ」が見つかれば、それはもう絶対に行くべきだと思う。

手に入れたいものを手に入れる

これはいわゆる「物欲」とか「支配欲」にあたるわけだけど、自己実現欲求を満たすためにはやはり欠かせない。もしかすると、何より彼氏/彼女が欲しいという人が多いかもしれない。とにかく、手に入れたいものを手に入れられれば、かなりの「欲」が満たされるのだ(笑)

もちろん、手に入れてみてしばらく経つと「やっぱり欲しいものじゃなかった」となる場合もある。だけど、ずっと何も手に入れないよりは随分とマシだし、そんな経験を繰り返しながらよく考えつつ「次のもの」を手に入れていけば、最後は必ず自分の欲しいものに辿り着く。

もし自分が「手に入れたいものを手に入れられていない」としたら、まずは1度、その理由を考えてみよう。お金がない、才能がないといった理由が出てきがちだけど、実際には高すぎるプライドや理性が原因で、自分自身の「欲」をブレーキ(我慢)していることも多いものだ。

やりたいことをやる

ここまできたら、やりたいことをやるのは当然! やりたいことはやらず、行きたいところへ行き、手に入れたいものは我慢せずに手に入れるという「習慣」が身に付いていれば、もはや簡単なことだろう。多少時間が掛かるのは仕方がないけど、とにかくやるのが大事。

僕の場合は、女友達を増やしたいとか、もっと面白いバイトをしたいとか、中型バイクの免許を取りたいとか、どんどんと「欲望の赴くままに」新しいことをやっていった。一人暮らしもしたし、彼女とのプチ同棲もやってみた。とにかく、やりたかったことは試してみた。

社会人になっても、大企業で働いてみたいと思ったから大企業で働いたし、ベンチャー企業も経験したくて転職した。今は自分で個人事業主となって仕事を始めてみたが、やりたいことをやり始めてから、僕の人生はとても生き生きとするようになった。

ちなみに、1つだけ言い加えておくと、失敗もたくさんしたし、これからもするだろう(笑)でも、今はそんな自分の生き方が好きになったから、それで良いと思っている。

若い世代はもっと自由に生きる権利がある

大人たちや社会の仕組みは、自由に生きたい若者たちを縛りつける。縛り付けているつもりはなくても、気付かないうちに縛り付けているという方が正しいかもしれない。

でも、若い世代は「もっと自由に生きる権利」がある。

慣れないうちは、色々なことを言ってくる人のことが気になってしまうかもしれない。特に、はじめの一歩を踏み出すときはそうだろう。でも、勇気を出してみて欲しい。

無駄な責任感に縛られないこと

こうでなくちゃいけないとか、これはやっちゃいけないとか、僕たちは、気が付かないうちに色々な責任感を背負っているものだ。でも、無駄に責任感を感じすぎるのはよそう。ちょっとくらい自由になったって良いじゃないか。それに、意外と誰も気にしなかったりする。

1つの理性で判断しないこと

理性とは不思議なもので、正解がない。例えば、恋愛で考えてみると特に分かりやすい。僕は「元彼が知っている人だから、これ以上発展すると気まずくなる」と理性が働き、せっかくのチャンスを逃してしまった経験があるけど、それで相手は傷付いたかも知れないのだ。

時代は刻々と変化している

もし、周りの言うことすることが「正解」だったとしても、時代は刻々と変化しているので、何年か先にはもはや状況が変わってしまっている可能性の方が高い。ゆとり教育がそうだったように、大学全入時代や義務教育でさえ、終わりを迎える日が来るかも知れない。

とにかく、僕たちは自由なのだ。だったら、縛られることなく自由に「欲」を満たせば良い。

そうしているといずれ「誰かの役に立ちたい」という『欲』が出てくるようになり、生きがいへと繋がっていく。こうなれば、もはや『欲』を我慢する必要なんてどこにもなくて、周りの人たちも、止めようとするどころか応援してくれるようになるのだ。

生きる楽しみは無限大

今回の記事をまとめると、まず、欲求不満な状態が続いて『それが当たり前の状態』になってしまうと、人は「生きる意味」を感じられなくなってしまうということを覚えておこう。

でも、欲求不満を解消して『欲の満たされた人生』を楽しめるようになると、最終的に人間は「誰かの役に立ちたい」という『欲』が出てくるようになる。こうなれば、僕たちはもう無敵になったも同然だ。生きてて良かった、もっと生きたいと思えるようにすらなる。

まずは「欲求不満」を少しずつ解消して問題を解決していってみよう。そうしていくうちに、いつか必ずあなたの「生きる意味」がわかるようになり、あなたのやりたいことを周りが応援してくれる状況になる。この記事を読み返せば、それが絶対に分かるようになる。

生きる楽しみは無限大。もっと人生を楽しもう!

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